懐かしのムサカ


カノンは昔、一度だけ俺たちに料理を作ってくれたことがある。
修行の後で腹を空かせた俺たちの前に、ムサカを差し出してムスッとした顔で一言
「食え」
と言って、人数分より多いムサカを、テーブルに置いてどこかへ行ってしまった。クリシュナが追いかけるといつもは雑兵が立つキッチンにカノンの後ろ姿があったそうだ。
俺たちはもちろんそれを喜んで食べた。俺は一度食べたことがあったが、クリシュナやアイザックは初めて見る料理に少しばかりの興味を抱きながら、フォークでムサカを突いていた。
味の感想はまぁ、男が作ったものだし、初めて食べたムサカよりはあまりおいしくはなかった。
味が濃いめで、如何にもな男の料理感が前面に押し出されていた。でも俺たちは疲れて腹も空いていたし、文句の一つも言わずに食べた。
テティスが人数分パンをもってきてくれて、それも腹に収めた。海界で食べるパンは地上で食べるパンと違ってしけっている。でももう、それにも慣れた。
ソレントがカノンの作ったムサカを難しそうな顔で見つめていたことが印象的だった。アイツはあの頃からすでに違和感に気が付いていたのかもしれない。
俺たちにとってカノンはここでの絶対で、厳粛な父のような、それでいて時々面倒見の良い兄のような、そんな矛盾でできた存在だった。

語り部:イオ